はじめにー預言とは?
聖書は、一番最初の「創世記」から、一番最後の「ヨハネの黙示録」まで、66の書巻からなっています。
その中で、特に、旧約聖書のダニエル書と、新約聖書の「ヨハネの黙示録」(以下、黙示録、と略す)の2つは、特別な意味で、世界の終末についての預言を含んでいることは、すでに、学びました(このホームページの中の「聖書とは?」や「読み方」、などを参照してください)。
ところで、「預言」(よげん)とは、何でしょうか?
ずっと前の話ですが、この「預言」という文字を見て、ある人が言いました、「きみ、これは、『預金』の『預』じゃあないかね? 『よげん』の『よ』は、右側の『頁』が入らない、『予』だよ!」と。
ピンポーン、正解で~す、と言いたいところですが、残念ながら、「はずれ」です。
聖書の中で、「よげん(預言)」した人のことを、「預言者」と言いますが、「預言者」とは、文字通り、神様のお言葉を「預かって」、それを、人々に伝えた人のことなのです。
繰り返しになりますが、預言者の使命は、「神様から預かった(託された)言葉を人々に伝えること」でした。
ですから「預言書」(預言者が書いた書で、旧約聖書では、イザヤ書からマラキ書までの16の書物)には、「主は、こう言われる」という表現が、たくさん出てきます。
預言者の任務は、自分の意見を語ることではなく、神様が自分に「伝えなさい」といわれた言葉を伝えることでした。言ってみれば、「神様の口」とでもいったら良いでしょうか。神様の言葉、神様の思いを伝える人、「伝言者」と言えば、わかりやすいでしょうか。
預言者の務めは、
(1)神様から預かった言葉を、その時代の人々に伝えること
でしたが、
(2)はるか将来に起こる出来事を告げる(予告)するように召されることもありました。
旧約聖書の「ダニエル書」の著者であるダニエルや、新約聖書の「ヨハネの黙示録」を記録した使徒ヨハネの場合は、上記の(2)の要素が色濃いと言えます。
聖書に、「わたし(神)は終わりの事を初めから告げ、まだなされない事を昔から告げて言う」と書かれていますが、神様が、まだ起こっていない将来のページを開いて見せてくださる
ことも少なくないのです(イザヤ書46章10節)。
閉ざされた未来の幕を開いて見せて下さる神様ー、それがダニエル書と黙示録に、特に強調されております。
そこで、これから、この2つの書を学んで行きたいと思います。
まず、旧約聖書のダニエル書から、学びます。お楽しみになさって下さいね!
【ダニエル書第1章】
今回から、ダニエル書の本文に入ります。 これをお読みになる方の中には、聖書をお持ちにない方(今、手元にない方)もあるかと思いますので、聖書の言葉をご紹介しながら、進めていきたいと思います。 ※なお、使用する聖書は、基本的には、「口語訳聖書」です。
ところで、「ダニエル書」は、書の主人公(ダニエル)の名前にちなんで命名されました。
ちなみに、「ダニエル」とは、「神はわたしの裁(さば)き主(ぬし)」という意味です。興味深い名前ですね!
それでは、本文にはいりましょう。
第1章
ユダの王エホヤキムの治世の第三年に バビロンの王ネブカデネザルは エルサレムにきて、これを攻め囲んだ。主は ユダの王エホヤキムと、神の宮の器具の一部とを、彼の手にわたされたので、彼はこれをシナルの地の自分の神の宮に携えゆき、その器具を自分の神の蔵に納(おさ)めた(1、2節)。
まずはじめに、ここに書かれている事件が起こった時代背景(歴史的背景)がのべられています。
時は、西暦紀元前605年~つまり、キリストがお生まれになる605年前~の初夏、バビロン(新バビロニア帝国)の若き皇太子ネブカデネザルがエルサレムに攻めてきたのです。歴史的には、「第一次バビロン捕囚」として知られている事件です。 まさに、国家にとっての危機状況です。
ネブカデネザルは、エルサレム神殿に置かれていた金銀の器(宝物)を、帝国の首都バビロンに持ち去ります。
ここで、興味深いのは、「主は・・・(神の宮の器具を)わたされた」という表現です。
単純によみますと、主(神)が、この災いに深くかかわっておられる、というふうに読むことができるのではないでしょうか。
そうです、国家にとって悲しむべき大災難である、この出来事は、神の赦しの中で起こったのです。このことは、ダニエル書の後半(9章)で、ダニエル自身がくわしく説明しています。
私たちの人生にも、「もし神がおられるなら、どうしてこんなことがおこるのか」と思う出来事が起こることがあります。しかし、その苦しい(あるいは悲しく痛ましい)、予期せぬ出来事がふりかかることを、神がお許しになることがあります。
そこに~その時点では、理解できないけれども~、神の、私たちに対する目的が隠されているのです。
時に王は宦官の長アシペナズに、イスラエルの人々の中から、王の血統の者と、貴族たる者数人とを、連れて来るように命じた。 すなわち身に傷がなく、容姿が美しく、すべての知恵にさとく、知識があって、思慮深く、王の宮に仕えるに足る若者を連れてこさせ、これにカルデヤびとの文学と言語とを学ばせようとした。そして王は王の食べる食物と、王の飲む酒の中から、日々の分を彼らに与えて、三年のあいだ彼らを養い育て、その後、彼らをして王の前に、はべらせようとした。彼らのうちに、ユダの部族のダニエル、ハナニヤ、ミシャエル、アザリヤがあった。宦官の長は彼らに名を与えて、ダニエルをベルテシャザル、ハナニヤをシャデラク、ミシャエルをメシャク、アザリヤをアベデネゴと名づけた(3-7節)
征服した国家が、征服された国の優秀な人材を、自分の国のために用いることは、征服者がしばしば使うやり方(常套手段)でした。
「バビロン捕囚」は、エルサレムが陥落する紀元前586年を含めて、3回にわたって、ネブカデネザルの遠征によっておこなわれるわけですが、第1回目の捕囚で捕虜になったのは、聖書によれば、王族・貴族の身分の人たちが中心でした。
王は、肉体的な健康をそなえ、しかも頭脳明晰な優秀な若者に、自分と同じ食物と、王が心身に活力を与えると信じていた酒を与えて最高の教育をさずけ、その後、国家の繁栄のために彼らを用いようとしたのです。
これらの(おそらく王族の血統を持つ)若者の中に、ダニエルと、彼の3人の仲間がおりました。
一説によりますと、ダニエルがバビロンに連れて行かれたのは、若干18歳であったといわれています。ちなみに、新改訳聖書と新共同訳聖書は、この「若者」というところを、「少年」と訳しています。 いずれにせよ、とても若い年齢であったことが推測されます。
イスラエル人の名前には、意味があります。
ダニエルは、「神は私のさばきぬし」
ハナニヤは、「主(ヤーウェ)は恵み深い」
ミシャエルは、「神に属するものは誰か」
アザリヤは、「主(ヤーウェ)は助けられる」
という意味です。
私の名前は、益也(ますや)と言いますが、幼い頃から病気ばかりしていました。 おまけに、小学校で、いつも先生が、私の名前を読み違うのです。「えきや」とか、「ますなり」とか、「えきなり」とか・・・。すっかり、いやになりました。それである日、母に、「どうして、『ますや』ってつけたの?」と聞きましたが、母は、何も答えてくれませんでした。
きっと、良いこと(益になること)が、いっぱいありますように、との願いを込めてつけたのに、病気の問屋のような幼少期だったので、名前の由来を言えなかったのでしょう。
その後、創造主である愛の神を知るようになり、その神が私に与えて下さったラブレター(愛の手紙)である、神の言葉、聖書を読むようになりました。ある日、新約聖書ローマ人への手紙8章28節の中に、私の名前を発見したのです。
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを、わたしたちは知っている」
万事が「益」となる、「益なり」、「益也(ますや)」、ああ、いい名前だなぁ、と初めて思いました。
皆様お一人お一人にも、ご両親が何かの意味をこめて、つけて下さったお名前があると思います。
ダニエルたちは、現代式に言えば、クリスチャンでしたから、上にのべたような名前を親からもらったわけですね。
話が横道にそれましたが、王宮で王に仕えていた宦官(宦官ですから、この人も、多分、どこかの国から連れてこられたのでしょうね)の長は、ダニエルたち4人に、バビロンの神々にちなんだ名前を与えました。
さて、次の部分は、新共同訳聖書の訳がわかりやすいので、それから引用してみましょう。
ダニエルは宮廷の肉類と酒で自分を汚すまいと決心し、自分を汚すようなことはさせないでほしいと侍従長に願い出た。神の御計らいによって、侍従長はダニエルに好意を示し、親切にした。侍従長はダニエルに言った。
「わたしは王様が恐ろしい。王様御自身がお前たちの食べ物と飲み物をお定めになったのだから。同じ年頃の少年たちに比べてお前たちの顔色が悪くなったら、お前たちのためにわたしの首が危うくなるではないか。」
ダニエルは、侍従長が自分たち四人の世話係に定めた人に言った。
「どうかわたしたちを十日間試してください。その間、食べる物は野菜だけ、飲む物は水だけにさせてください。その後、わたしたちの顔色と、宮廷の肉類をいただいた少年の顔色をよくお比べになり、その上でお考えどおりにしてください。」
世話係はこの願いを聞き入れ、十日間彼らを試した。十日たってみると、彼らの顔色と健康は宮廷の食べ物を受けているどの少年よりも良かった。それ以来、世話係は彼らに支給される肉類と酒を除いて、野菜だけ与えることにした。(8-16節)
ダニエルは、この部分をダニエル書1章の約半分を割いて、自分の経験をのべています。
実際、この部分は、1章の中核的部分なのです。そして、次のような重要なことを、私たちに教えています。
1)ダニエルと彼の3人の仲間は、他国での不自由な捕虜の身分であったにもかかわらず、厳密な、健康の法則を守ろうとしました。
2)彼らは、現代風にいうと「菜食」の実行者でした。
3)「野菜」と「水」が、具体的にどんな料理だったかは、
書かれていませんが、次のようなことは、十分想像できます。
①彼らは神を信じる親の元に育ち、今日まで成長してきた。
②親たちは、聖書に書かれている健康の法則に従った食物を
子供たちに与えた。
③彼らは、人間が創造された時、まだ罪に陥る前に、神が
人に与えられた理想的な食物が、「(自然のままの)
穀類」と「果物」と「堅果類」(ナッツ類)と「野菜」
であることを聖書から学んでいた(旧約聖書、創世記1章
29節参照)。
④彼らは、今、捕虜の身であり、王の命令に逆らえば、どう
なるかは想像できたが、それでも、親が聖書をとおして、
自分たちに教えた健康の原則を捨て去るようなことは
しなかった。
ダニエルと彼の仲間の少年たちは、自分たちが捕虜の身分であるからと言って、正しい生き方から彼らを離れさせようとする誘惑に対して、決して「妥協」しませんでした。
神様は、人の心の法則として「十戒」を与えられたように、
人間の肉体の法則(自然の法則)をも定められました。
そして、そのいずれにも、わたしたちがすなおに従う時に、
神は私たちに、心と肉体の健康という祝福を与えた下さるのです。
ところで、健康の法則への従順は、ダニエルたちに何をもたらしたでしょうか!? 聖書は、続けて述べています。
この四人の者たちには、神は知識を与え、すべての文学と知恵にさとい者とされた。ダニエルはまた すべての幻と夢とを理解した。 さて、王が命じたところの若者を召しいれるまでの日数が過ぎたので、宦官の長は彼らをネブカデネザルの前に連れていった。王が彼らと語ってみると、彼らすべての中にはダニエル、ハナニヤ、ミシャエル、アザリヤにならぶ者がなかったので、彼らは王の前にはべる(=仕える)こととなった。
王が彼らにさまざまの事を尋ねてみると、彼らは知恵と理解において、全国の博士、法術士にまさること十倍であった。ダニエルはクロス王の元年まで仕えていた(17-21)。
「知恵と理解において・・・十倍であった」と書かれていますが、聖書の中で、しばしば、数字の「7」や「10」は、完全数として描かれています。
したがって、「十倍」の知恵ということは、他を寄せつけないほどの、素晴らしい、ものすごい知恵という意味です。
これから後の、ダニエルと彼の仲間(特にダニエル)が示す、ずば抜けた能力と、卓越した品性、そこから生まれる目覚ましい活躍は、彼らが節制(健康)の原則に忠実に従った結果として、神から与えられた祝福だったのです。
彼らは、異教国家の中枢におかれても、神に従うことや、
自分たちが親から遺産として受け継いだ尊いものを、恥じることはありませんでした。
ダニエル書1章は、これで終わりです。短いですが、ダニエル書全体の序論(あるいは歴史的序言)として位置づけられています。 とても大切な教訓にみちた部分です。
次回は、第2章です。いよいよ、ダニエルが預言者として活躍する最初の舞台です。 お楽しみに!!
*聖書まめ(豆)知識*
1)聖書には一貫性がなく、矛盾している??
ネブカデネザルのエルサレム包囲(第一次バビロン捕囚)
についてダニエル書は、ユダの王エホヤキムの「第三年」
とのべています(1章1節)。
ところが、預言者エレミヤは、それはエホヤキムの「第
四年」の出来事だったと述べています(エレミヤ書25
章1-14節参照)。
これはいったい、どういう事でしょうか?どちらかが
間違っているのでしょうか。
実は、これは、イスラエルとバビロンの数え方の違いから
きており、矛盾はないのです。
エホヤキム王は、紀元前608年に即位しました。
イスラエル式ですと、王が即位したその年を、第1年と
して数えます。エレミヤは、この方式で数えましたので
605年は、エホヤキムの「第4年」となります。
ところが、ダニエルは、バビロン方式による数え方に
従っています。 つまり、バビロンでは、王が即位した
年は、「王位継承年」として、在位年数に含めず、翌年
が第1年となるのです。 したがって、バビロン方式では
紀元前605年は、エホヤキム王の「第3年」になるわけ
です。 これで、一見、謎に見えるこの問題は解決です。
めでたし、めでたし!!
2)ダニエル書1章2節の、「ユダの王」の「ユダ」とは?
名君と謳われたダビデ、ソロモンの平和な治世のあと、
紀元前931年に、統一王国イスラエルは、南北に分裂
します。 現代の朝鮮半島に似ていますね。
イスラエルの12部族のうち、10部族で構成されサマリヤ
を首都とする「北王国イスラエル」と、エルサレムを首都
とする「南王国ユダ」に分かれます。
北王国イスラエルは、紀元前722年に滅亡(アッシリア
捕囚)しますが、南王国ユダは、586年にエルサレムが
陥落するまで続きます。
北王国は、「失われた10部族」として、その後、どこへ
行ったかわからない歴史上の謎となるわけです(これに
ついては、いつかお話しする機会があるかと思います)。
一方、南王国ユダは、捕囚後、再度、祖国への帰還を
許され、この人々が、後のユダヤ人と呼ばれる民族と
なるわけです。
以上、聖書まめ知識でした。
【ダニエル書第2章】
はじめに:
ダニエル書は、Ⅰ部(1-6章)と、Ⅱ部(7-12章)に大別されます。Ⅰ部は、主として歴史的部分で、Ⅱ部は、預言的部分です。 つまり、ダニエルは、王の補佐官として約55年間(605BC~550BC)、預言者として14年間(550BC~536BC)働きました。
預言者イザヤが、約55年間、エレミヤは約40年間、それぞれ「預言者」として働いたことを考えますと、ダニエルの場合は、非常にユニークと言えます。彼は、異教の王の補佐官(総理大臣的存在)として長年働きながら同時に神に仕えました。そして最後の14年は、一意専心、預言者としての働きに集中したことになります。
前置きが長くなりましたが、それでは、いよいよ2章に入ります。
第2章
ネブカデネザルの治世の第2年に、ネブカデネザルは夢を見、そのために心に思い悩んで眠ることができなかった(1節)
西暦紀元前603年(603BC)、新バビロニア帝国のネブカデネザル王は夢を見、自分が見た夢のために、「心に思い悩んで」眠ることができなかった、と聖書は言います。
昔の人々は、神々が、夢でお告げを与えられると信じていました。ですから、彼らにとって、「夢」は、とても重要なものだったのです。王が見た夢は(後に明らかになるように、それは、神が与えられた夢だったのですが)、非常に印象的な夢でしたが、その夢を忘れてしまいました。けれどもそれが何か、とても重要な意味を含んでいるという思いが残りました。そこで王は、その夢と、夢の意味を知りたいと強く望み、問題の解決のために、智者の助けを求めます。
そこで王は命じて王のためにその夢を解かせようと、博士、法術士、魔術士、カルデヤびとを召させたので、彼らはきて王の前に立った。 王は彼らに向かって、「わたしは夢を見たが、その夢を知ろうと心に思い悩んでいる」と言ったので、カルデヤびとらはアラム語で王に言った、「王よ、とこしえに生きながらえられますように。どうぞ、しもべらにその夢をお話しください。わたしたちは その解き明かしを申しあげましょう」(2:2-4)。
王は、国の賢者をすべて招集し、この重大な出来事を解決しようとします。
考えてみて下さい。人の見た夢を言い当てるなど、できるはずがありませんよね。では、王は、無理難題を、賢者たちに押し付けていたのでしょうか? 実は、そうでもないのです。バビロンの智者たちは魔術やオカルトの専門家でした。彼らは、常日頃から、人間の世界の背後にある霊の世界との交通を主張していました。また彼らは、死者の霊との交通さえ可能だと言っておりました。であれば、人の見た「夢」を言い当てることなど、お茶の子さいさいではないでしょうか。
しかし、相手は絶対的な権力者である王様です。うかつなことは言えません。そこで、彼らは、まず、王に、どんな夢だったのか、思い出して話してほしい、と懇願します。しかし、王は、一歩も後に引きません。
王は答えてカルデヤびとらに言った、「わたしの言うことは必ず行う。あなたがたが もしその夢と、その解き明かしを、わたしに示さないならば、あなたがたの身は切り裂かれ、あなたがたの家は滅ぼされる。しかし、その夢とその解き明かしを示すならば、贈り物と報酬と大いなる栄誉とを、わたしから受けるだろう。それゆえ その夢とその解き明かしとを、わたしに示しなさい」。彼らは再び答えて言った、「王よ、しもべらにその夢をお話し下さい。そうすれば わたしたちはその解き明かしを示しましょう」。 王は答えて言った、「あなたがたは わたしが言ったことは、必ず行うことを承知しているので、時を延ばそうとしているのを、わたしは確かに知っている。 もしその夢をわたしに示さないならば、あなたがたの受ける刑罰は ただ一つあるのみだ。あなたがたは一致して、偽りと、欺きの言葉をわたしの前に述べて、時の変わるのを待とうとしているのだ。まずその夢を わたしに示しなさい。そうすれば、わたしはあなたがたが その解き明かしをも、示しうることを知るだろう」(2:5-9)。
知者たちの「言い逃れ」は、王に対する背信行為に等しいものでした。王は、彼らが「時間かせぎ」をしていることを見抜きます。そして、日ごろ彼らが言っていることが、嘘っぱちであることを知り、彼らの無能力に対して、厳罰をあたえようと迫ります。ここにおいて、智者、博士たちは、さじを投げます。
カルデヤびとらは王の前に答えて言った、「世の中には王の
その要求に応じうる者はひとりもありません。どんな大いなる力ある王でも、このような事を、博士、法術士、カルデヤびとに尋ねた者はありませんでした。王の尋ねられる事はむずかしい事であって、肉なる者と共におられない神々を除いては、王の前にこれを示しうる者はないでしょう(2:10-11)。
博士たちのこの告白は、王宮付の智者として、いかに彼らが無力であるかをみずから暴露するものでした。しかし、ある意味で、彼らの告白は、「正直」なものだったとも言えます。この世の知恵、人間の知識の限界を、彼らが認めたからです。しかし、この告白は、同時に、彼らの生命を危機にさらすものでもありました。
これによって王は怒り、かつ大いに憤り、バビロンの知者をすべて滅ぼせと命じた。 この命令が発せられたので、知者らは殺されることになった。 またダニエルとその同僚をも殺そうと求めた(2:12,13)。
なんということでしょう! 火の粉が、ダニエルたちにも降りかかってくるとは!!
明らかに、ダニエルと彼の友人たちは、この場に居あわせませんでした。 全国の博士たちより「10倍」も、すぐれた知恵を持っていたダニエルが、どうして呼ばれなかったのでしょうか。その説明が聖書にないので、理由は、わかりません。 ひとつ考えられることは、ダニエルたちが、いくら秀才とは言え、彼らは、あくまでも「捕虜あがり」でした。王が、まず、王の顧問団であるバビロンの知者たちに意見を求めたとしても、不思議ではありません。
いずれにせよ、ダニエルたちもまた、生命の危機にさらされることになったのです。
しかし、「人間の危機は、神の機会」です。この危機状況において、ダニエルが登場します。
そして王の侍衛の長アリオクが、バビロンの知者らを殺そうと出てきたので、ダニエルは思慮と知恵とをもってこれに応答した。すなわち王の高官アリオクに、「どうして王はそんなにきびしい命令を出されたのですか」と言った。アリオクがその事をダニエルに告げ知らせると、ダニエルは王のところへ入っていって、その解き明かしを示すために、しばらくの時を与えられるよう王に願った。
それからダニエルは家に帰り、同僚のハナニヤ、ミシャエルおよびアザリヤにこの事を告げ知らせ、共にこの秘密について天の神のあわれみを請い、ダニエルとその同僚とが、他のバビロンの知者と共に滅ぼされることのないように求めた(2:14-18)。
ダニエルの言葉の中に、人生における重要な原則があります。
1)ダニエルは、危機状況の中でも、うろたえなかった。
2)彼は、まず、状況の正確な把握につとめた。
3)事情の全体像をつかんだ後に、彼は、王の特別補佐官と
して、王のところへ行き、「しばらくの時間の猶予」を
求めた。
4)ダニエルは、この生命にかかわる重大事への対処は、
人間の能力を、はるかに超えたものであると感じ、
同僚のハナニヤ、ミシャエル、アザリヤと共に、神の
助けを求めて、夜を徹して祈った。
わたしたちは、人生において、自分が追いつめられていると
感じ、絶望感を感じることがあります。しかし、どんな時でも、どのような状況にあっても、自分の問題をありのままに、天の神様のもとへ携えていくことができることは、何とありがたいことでしょう。 それが、「お祈り」です。神は、聖書を通して「悩みの日に、わたしを呼べ。わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめる(賛美する)であろう」と約束しておられます(詩篇50篇15節)。
すばらしい約束ですね!
けれども、「祈る前に」わたしたちが、しなければならないことがあります。それは、ダニエルのように状況を冷静に分析することです。それによって、~ただがむしゃらに祈るのではなくて~、より具体的な祈りになります。神に、何をしてほしいのか、どこに最大の問題があるのか、事態が切迫していればいるほど、ピンポイントの祈りが必要です。
さて、ダニエルたちの祈りの結果はどうだったでしょうか?
ついに夜の幻のうちに この秘密がダニエルに示されたので、ダニエルは天の神をほめたたえた。
ダニエルは言った、
「神のみ名は永遠より永遠に至るまでほむべきかな、
知恵と権能とは神のものである。
神は時と季節とを変じ、
王を廃し、王を立て、
知者に知恵を与え、
賢者に知識を授けられる。
神は深妙、秘密の事をあらわし、
暗黒にあるものを知り、
光をご自身のうちに宿す。
わが先祖たちの神よ、
あなたはわたしに知恵と力とを賜い、
今われわれがあなたに請い求めたところのものを
わたしに示し、
王の求めたことをわれわれに示されたので、
わたしはあなたにかんしゃし、あなたをさんびします」
以前、『あなたの神は小さすぎる』という、確か英語の本だったと記憶していますが、そのタイトル(書名)に心打たれたことがありました。
私たちは、問題に直面すると、何とか自分の力で解決しようともがきます。しかし、もがけばもがくほど、泥沼にはまりこんでしまいます。 そのような時こそ、「祈り」が必要です。困ったときの神だのみで良いのです。
神は、「わたしたちが求め また思うところのいっさいを、
はるかに越えて かなえて下さることができるかた」なのです(エペソ人への手紙3章20節)。
ダニエル書2章のちょうど真ん中まで来ました。これから、大逆転劇が起こります。 次回をお楽しみに!
*聖書まめ(豆)知識*
ダニエル書2章の、まだ半分来ただけですが、ちょっと一口メモです。
2章1節に、「ネブカデネザルの治世の第2年に」とありましたね。 たしか、ダニエルたちは、バビロン大学(?)で「3年のあいだ」学ぶはずではなかったでしょうか(1:5参照)?
これは、明らかな矛盾のように思えますが、実はそうではありません。
聖書の他の例もあるように、ユダヤ人の習慣では、「3年のあいだ」は、必ずしも「満3年」を意味せず、「足かけ3年」でもよしとされます。ですから、ダニエルたちの教育期間が「3年」と言われていても、実質的には、2年と数か月の場合もありうるわけですね。したがって、前回お話ししましたバビロニア方式の治世の数え方によりますと、矛盾がなくなりります。
さて、ダニエル書2章の後半の学びに入りましょう。
真夜中の祈祷会におけるダニエルと仲間たちの祈りは、どんなに熱のこもってものであったことでしょう。
そして、ついに、深い憐れみの内に、神の答えが与えられます。聖書は、秘密は「ダニエルに示された」と述べています。
事態は、一大転換します。
●愛の人ダニエル
そこでダニエルは、王がバビロンの知者たちを滅ぼすことを命じておいたアリオクのもとへ行って、彼にこう言った、「バビロンの知者たちを滅ぼしてはなりません。わたしを王の前に連れて行ってください。わたしはその解き明かしを王に示します」(2:24)
ここにダニエルの崇高な人格が表されています。
(1)ダニエルは、狭い宗教的偏見にとらわれていなかった。
今、この時が、ダニエルの宗教の優越性を宣伝するチャンスでした。でも、ダニエルはこの機会をそんなことのために利用するほど、人間が小さくなかったのです。
(2)ダニエルの宗教は、常に、他者の幸福を願うものだった
今や、バビロンの知者たちという国家の知的財産が失われようとしていました。ダニエルは、これを、自分と仲間だけが助かって、高い地位を王に求める機会とすることもできました。しかし、彼は、たとえ信条の違いがどうであれ、何よりも相手の幸福を求めたのです。
●謙遜の人ダニエル
アリオクは急いでダニエルを王の前に連れて行き、王にこう言った、「ユダから捕え移した者の中に、その解き明かしを王にお知らせすることのできる、ひとりの人を見つけました」。
*聖書まめ(豆)知識*
ダニエル書におけるアラム語について
ダニエル書2章4節の、「カルデヤびとはアラム語で王に言った」の次から、7章の終りまで、アラム語で書かれています。 つまり、歴史的部分の大半は、アラム語で書かれ、書の後半の預言的部分の大部分は、ヘブル語で書かれたことになります。その理由として考えられるのは:
1)ダニエル書が記録された新バビロニア帝国からペルシャ時代にかけて、アラム語は支配階級の言語であったこと。
2)宮廷で訓練されたダニエルは、王族の言葉として普通に使用されていたアラム語を含めて、数か国語をあやつれたであろうこと。 明らかに、ダニエルは母国語であるヘブル語だけでなく、アラム語も自由に読み書きできた「バイリンガル」でした。
3)アラム語は、セム語系のヘブル語に非常に近い言語で、ダニエル書の読者は、両方を理解できたこと。
第1章の終りの「ダニエルはクロス王の元年まで仕えていた」という記述から、1章はクロス王の元年頃に書かれたことが推測されます。つまり、ダニエル書は、1章から12章までが一気に書かれたのではなく、異なるいくつかの時に、記録されたというのが自然な見方でしょう。ダニエルが、2章の4節のバビロンの知者たちの言葉から、7章の終りまでをひとつのまとまりとして、アラム語で書き上げ、その後、またヘブル語に戻ったとしても不思議ではありません。
【ダニエル書3章】
☆はじめに
ダニエル書第3章は、驚くべき物語です。
本文に入る前に、ちょっとだけ、ダニエル書の文学構造について触れておきたいと思います。
ダニエル書が、前半の歴史的部分(1-6章)と、預言的部分(7-12章)の後半の2部に大別されることは、すでに述べた通りです。
前半は、歴史的序言(1章)に始まり、2章の国々の預言(対応する後半の最初の7章も同じく国々の預言となっています)、3章と対応する6章は、神を信じる人(々)の救出(別の視点から見れば、王による迫害)、そして4章と5章は王の物語となっています。交差法という文学手法が用いられています。前半のクライマックスは、王です。
実は、後半のクライマックスも王(王の王であるメシア)になっており、書全体のクライマックスの役目も果たしています(詳細は、また、後半部に入ってから学びます)。このような文学的な構造からも、著者ダニエルが、書の中心的なテーマや、部分部分をわかりやすく読者に提示していることがわかります。
そういうわけで、第3章は、王(この場合はネブカデネザル王)による迫害と、そこから救われる救出の出来事が描かれています。
それでは、さっそく本文にはいっていきましょう。
第3章
1. ネブカデネザル王は一つの金の像を造った。その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトで、彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた。 2. そしてネブカデネザル王は、総督、長官、知事、参議、庫官、法官、高僧および諸州の官吏たちを召し集め、ネブカデネザル王の立てたこの像の落成式に臨ませようとした。 3. そこで、総督、長官、知事、参議、庫官、法官、高僧および諸州の官吏たちは、ネブカデネザル王の立てた像の落成式に臨み、そのネブカデネザルの立てた像の前に立った。 4. 時に伝令者は大声に呼ばわって言った、「諸民、諸族、諸国語の者よ、あなたがたにこう命じられる。 5. 角笛、横笛、琴、三角琴、立琴、風笛などの、もろもろの楽器の音を聞く時は、ひれ伏してネブカデネザル王の立てた金の像を拝まなければならない。 6. だれでもひれ伏して拝まない者は、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる」と。 7. そこで民らはみな、角笛、横笛、琴、三角琴、立琴、風笛などの、もろもろの楽器の音を聞くや、諸民、諸族、諸国語の者たちはみな、ひれ伏して、ネブカデネザル王の立てた金の像を拝んだ(3:1-7節、数字は、節です)。
ダニエルは、初っ端から、ネブカデネザル王が企てた出来事を語ります。王が、高さ約30メートルの巨大な像を、バビロン州のドラの平野に建造したというのです。「ドラの平野」の地理的な場所について、聖書はくわしく語っていませんが、近年の学者たちの研究によれば、「ドラの平野」は、首都バビロンから遠く離れたある場所というよりも、むしろ、王が支配する都の近くの「平地、あるいは平野」と推測されています。詳細は省略しますが、「ドラ」という名称が、バビロニア語で「壁」を意味し、しかもこれに定冠詞がついておりますので、よく知られた「壁の平地」だろうというのです。
具体的には、町の中央部分を取り囲む、それぞれの側が約1マイル(約1.6キロ)の内壁と、ユーフラテス川の東岸に達し、町を囲む形で建設された長さ数マイルの外壁の間の広い平地だったのではないか、というのです。内壁の内部は、都市部で、多くの建物や宮殿へと続く大通り、また最も大きな寺院などを含む領域でした。これら2つの壁の間には、かなりのオープン・スペースがあり、軍隊の行進や野営の場所としても用いられていました。ここで、3章の出来事が起こったというわけですが、あながち、的外れの仮説とも思えません。
巨像は何をあらわしていたか?
それにしても、高さ60キュビト(1キュビトは、成人男子の手の指先から肘までの長さで、約50センチとして換算すると、約30メートル)とは、途方もない大きさの像です。
この像は、いったい何を現わしていたのでしょうか。聖書には、詳しい事情は述べられていませんが、ひとつはっきりしていることは、群衆は、「ひれふして、像を拝む(礼拝する)ように」要求されています(7,12,14,15節)。バビロンの市民は、王に敬意を表することは、期待されていましたが、礼拝することはありませんでした。
旧約学者のシェー(William Shea)によれば、エジプトでは、王たちは神々とみなされましたが、メソポタミアでは、王たちは特別な存在ではあるけれども神々の僕にすぎませんでした(注:メソポタミアとは、「2つの川の間」を意味し、チグリス川とユーフラテス川の流域の肥沃な地に栄えた文明でした。バビロンは、現代のイラク地方でしたので、メソポタミア地方の一部だったわけです)。
こうした理由から、金の巨像は、ネブカデネザル王自身ではなく、バビロンの主神マルダクをあらわしていたと考えるのが自然だと思われます。
なぜ、巨像は建設されたのか?
次に、巨像が建設された理由です。ネブカデネザル王は、なぜ、このような巨大な像を建設したのでしょうか。 2章の夢の解き明かしの部分で、ダニエルは、ネブカデネザル王が支配する新バビロニア帝国は、永遠に続くことはなく、別の国家にとって代わられることを預言しました。これは、王にとって、愉快なことではなかったはずです。「わが支配よ、永遠なれ!」と望むのが、支配者の心理として当然でしょう。それで、王は、さまざまな金属ではなく、全体(前身)が金の巨像を造ることによって、自分の願望を誇示したと考えることはできるでしょう。
しかし、近年の考古学の成果のひとつであるバビロニア年代記は、国家の永続を望み王の願い以上の理由が、像の建造に込められていたことを示唆しています。
ダニエル3章(続き)~たとい、そうでなくても~
ダニエル書3章に「題」をつけるとすれば、「たとい、そうでなくても」となるでしょうか。 ダニエルの3人の友人たちの素晴らしい信仰の物語が描かれています。
そこに進む前に、前回の続きです。
全身が「金」でできた、巨像をネブカデネザル王が建造して理由について、もう少し考えてみたいと思います。
ネブカデネザル王の治世に関する公式の記録である「バビロニア年代記」が、考古学によって発見されるまでは、43年に及ぶ、王の治世は、向かうところ敵なしの、安定政権だったと思われていました。
ところが、近年発見された石板に、王の治世の10年目(西暦紀元前595/594年)に、 王の生命を脅かすような反乱が起こったことが記録されています。結果的に、王は、この反乱を鎮圧するのですが、あるいは、この事件が、3章の背景になっていたかもしれません。
ダニエルは、3章の出来事に関する年代的な情報を提供しておりませんので、詳細は不明ですが、もしも、反乱が594年に起こったとする上記の推測が正しいとすれば、巨像の物語は、その年の後半あるいは、翌年の早い時期だったと思われます。
王は、国家の中枢にいる高官や官吏を集めます。そして、自分への忠誠を誓わせるために、この場面を設定したというわけです。
ここから、事件は急展開していきます。
3:8その時、あるカルデヤびとらが進みきて、ユダヤ人をあしざまに訴えた。3:9すなわち彼らはネブカデネザル王に言った、「王よ、とこしえに生きながらえられますように。3:10王よ、あなたは命令を出して仰せられました。すべて、角笛、横笛、琴、三角琴、立琴、風笛などの、もろもろの楽器の音を聞く者は皆、ひれ伏して金の像を拝まなければならない。3:11また、だれでもひれ伏して拝まない者はみな、火の燃える炉の中に投げ込まれると。3:12ここにあなたが任命して、バビロン州の事務をつかさどらせられているユダヤ人シャデラク、メシャクおよびアベデネゴがおります。王よ、この人々はあなたを尊ばず、あなたの神々にも仕えず、あなたの立てられた金の像をも拝もうとしません
【ダニエル書第4章】
はじめに
すでに学びましたように、ダニエル書の文学的な構造からみますと、ダニエル書の前半ー歴史的部分ーの中心は、4章と5章に出てくる新バビロニア帝国の2人の王の物語です。
4章には、新バビロニア帝国の創設者であり、偉大な征服者であるネブカデネザル王の改心の物語であり、5章は、神を畏れぬベルシャザル王が神の裁きを受け、帝国最後の王となったことが記録されています。
そこでまず、ネブカデネザルの物語から見てみましょう。
第4章に題をつけるとしますと、「真の偉大さ」ともつけられますし、また、少しむずかしい言葉ですが、「信仰による義」~人間の栄光 VS 神の栄光~ と名づけることもできるでしょう。 内容的に、どちらも可能ですが、私は、あえて後者を、4章のタイトルとしたいと思います。
信仰による義~人間の栄光 VS 神の栄光
序
1)まず第一に、ダニエル書4章は、聖書の中で、最も驚くべき章の一つです。
2)第二に、それは、一人の偉大な王(ネブカデネザル)の「あかし」-その高ぶりと屈辱と回心の物語です。 その意味では、一種の「告白録」とも言えます(村上良夫著、『王とわたしと主の祈り』参照)。
3)時代(年代)背景については、書かれていませんが、ネブカデネザル王の治世(紀元前605年~同562年)の半ばの
王が平和と繁栄を享受していた時期と思われます。
4)内容は、王による公的発布あるいは宣言の形をとっており、神への賛美で始まり(1-3節)、賛美で終わっています(34-37節)。
(新共同訳聖書は、ヘブル語聖書に従って、最初の賛美の部分を、3章の終りにおいていますが、旧約聖書のギリシャ語訳である「70人訳聖書」は、口語訳聖書と同じく4章の始めにおいています。聖書には、元々、「章」や「節」の区切りはなく、後世の学者が、読みやすさのために章節をもうけたわけですので、どちらにも取れるわけですが、4章の物語を王の「回顧談」と捉えれば、4章のはじめに置くのが自然かと思われます。)
それでは、さっそく本文に入りましょう。
4:1ネブカデネザル王は全世界に住む諸民、諸族、諸国語の者に告げる。どうか、あなたがたに平安が増すように。4:2いと高き神はわたしにしるしと奇跡とを行われた。わたしはこれを知らせたいと思う。
ああ、その奇跡のすばらしいこと、
その国は永遠の国、
その主権は世々に及ぶ。
4:10わたしが床にあって見た脳中の幻はこれである。わたしが見たのに、地の中央に一本の木があって、そのたけが高かったが、4:11その木は成長して強くなり、天に達するほどの高さになって、地の果までも見えわたり、4:12その葉は美しく、その実は豊かで、すべての者がその中から食物を獲、また野の獣はその陰にやどり、空の鳥はその枝にすみ、すべての肉なる者はこれによって養われた。
4:19その時、その名をベルテシャザルととなえるダニエルは、しばらくのあいだ驚き、思い悩んだので、王は彼に告げて言った、「ベルテシャザルよ、あなたはこの夢と、その解き明かしのために、悩むには及ばない」。ベルテシャザルは答えて言った、「わが主よ、どうか、この夢は、あなたを憎む者にかかわるように。この解き明かしは、あなたの敵に臨むように。4:20あなたが見られた木、すなわちその成長して強くなり、天に達するほどの高さになって、地の果までも見えわたり、4:21その葉は美しく、その実は豊かで、すべての者がその中から食物を獲、また野の獣がその陰にやどり、空の鳥がその枝に住んだ木、4:22王よ、それはすなわちあなたです。あなたは成長して強くなり、天に達するほどに大きくなり、あなたの主権は地の果にまで及びました。4:23ところが、王はひとりの警護者、ひとりの聖者が、天から下って、こう言うのを見られました、『この木を切り倒して、これを滅ぼせ。ただしその根の切り株を地に残し、それに鉄と青銅のなわをかけて、野の若草の中におき、天からくだる露にぬれさせ、また野の獣と共にその分にあずからせて、七つの時を過ごさせよ』と。4:24王よ、その解き明かしはこうです。すなわちこれはいと高き者の命令であって、わが主なる王に臨まんとするものです。4:25すなわちあなたは追われて世の人を離れ、野の獣と共におり、牛のように草を食い、天からくだる露にぬれるでしょう。こうして七つの時が過ぎて、ついにあなたは、いと高き者が人間の国を治めて、自分の意のままに、これを人に与えられることを知るに至るでしょう。4:26また彼らはその木の根の切り株を残しおけと命じたので、あなたが、天はまことの支配者であるということを知った後、あなたの国はあなたに確保されるでしょう。4:27それゆえ王よ、あなたはわたしの勧告をいれ、義を行って罪を離れ、しえたげられる者をあわれんで、不義を離れなさい。そうすれば、あるいはあなたの繁栄が、長く続くかもしれません」。
ダニエルの最初の反応は、「恐れ」でした。「この解き明かしは、あなたの敵に臨むように」(19節)という彼の言葉に、王に臨もうとしている恐ろしい運命を憂慮する苦渋の思いがあらわされています。
ダニエルは、王の運命を案ずるあまり、適当に言いつくろうこともできたでしょう。また、王が現在享受している平和と繁栄に王の目を向けさせて、はぐらかすこともできたでしょう。
しかし、ダニエルは、神の真の預言者でした。神の預言者は、神から示されたことを、「ありのままに」告げなければなりません。それによって、たとい自分がどのような苦難に遭うことになろうとも、です。
ダニエルは言います、「王よ、それ(大木)はすなわちあなたです」(22節)。
大木の倒壊と獣の心、「世の人を離れ、野の獣と共におり、牛のように草を食い、天からくだる露にぬれる」(25節)-、これらは、王の精神が錯乱して、正気を失うことを意味していました。現代の精神科医学によれば狼憑き、あるいは、狼化妄想とよばれるもので、自分が狼などの野獣と信じる精神病として分類されている、そのようなものだったのかもしれません。 いずれにせよ、繁栄の絶頂にあったネブカデネザル王は、正気を失い、「発狂」したのでした。
ダニエルは、王の精神錯乱は、「七つの時」が過ぎるまで続くという、神の言葉を告げます。
旧約聖書のギリシャ語訳である70人訳聖書の原本は、これを「7年」と訳しており、古代、現代を問わず、ほとんどの注解者たちが、この言葉の原語(アラム語)は「年」を意味すると解釈していますので、「七つの時」は、7年をあらわすと理解してよいでしょう。
繁栄を極めたネブカデネザル王が、「7年間のあいだ」、正気を失い、錯乱状態になって野の獣と共にすごすとは、何ということでしょう。
しかし、ダニエルは、恐るべき運命を伝達しただけではありませんでした。彼は、王が、やがて回復される望みがあること、もしも、悔い改め、多くの人々を絶望においやった彼の非情はやり方を改めて、人々に慈しみと愛を施すならば、あるいは、王の繁栄が長くつづくかもしれない、という愛の警告を伝えます。
ネブカデネザル王は、ダニエルを通して告げられた神の警告にどう応答したでしょうか?
4:28この事は皆ネブカデネザル王に臨んだ。4:29十二か月を経て後、王がバビロンの王宮の屋上を歩いていたとき、4:30王は自ら言った、「この大いなるバビロンは、わたしの大いなる力をもって建てた王城であって、わが威光を輝かすものではないか」。4:31その言葉がなお王の口にあるうちに、天から声がくだって言った、「ネブカデネザル王よ、あなたに告げる。国はあなたを離れ去った。4:32あなたは、追われて世の人を離れ、野の獣と共におり、牛のように草を食い、こうして七つの時を経て、ついにあなたは、いと高き者が人間の国を治めて、自分の意のままに、これを人に与えられることを知るに至るだろう」。4:33この言葉は、ただちにネブカデネザルに成就した。彼は追われて世の人を離れ、牛のように草を食い、その身は天からくだる露にぬれ、ついにその毛は、わしの羽のようになり、そのつめは鳥のつめのようになった。
神は、さばきの宣告の執行まで、1年の猶予をお与えになりました。 1年後のある日、王宮を歩いていたとき、王は、彼に与えられたすべての繁栄と祝福を神に帰せず、自分に栄光を帰したのでした(29、30節)。
その言葉が、なお王の口にあるうちに、彼の正気は錯乱し、「追われて世の人を離れ、牛のように草を食い、その身は天からくだる露にぬれ、ついにその毛は、わしの羽のようになり、そのつめは鳥のつめのようになった」のでした。
かつて、世界の最高権力者として、ほこり高い王であった人間の、何とみじめな姿でしょうか!!
しかし、王の記録がここで終わっていないことを感謝したいと思います。聖書は、恥と屈辱の7年の刑期が満ちた時に、王の「理性が帰った」と述べています。
4:34こうしてその期間が満ちた後、われネブカデネザルは、目をあげて天を仰ぎ見ると、わたしの理性が自分に帰った
高慢な王ネブカデネザルは、絶望のどん底で、「目をあげて天を仰ぎ見」たとあります(34節)。
絶望の中で、彼ができた唯一の事は、「祈り」でした。「ああ、神さま~!」 悲痛な叫びです。 しかし、希望につながる叫びです。ネブカデネザルは、苦難の杯の中で、すべての繁栄は、神から与えられていたこと、それゆえ、自分に栄光を帰すのでなく、神にこそ、すべての栄光を帰すべきであることを「悟った」のです。
彼が望みのない自分の姿から目を離して、愛と恵みの源である神に目を向けた時、彼の正気が戻ったのでした。
その瞬間、王の心の中の「バビロン(自分に栄光を帰す生き方)は倒れた」のでした。
次のような言葉があります。「個人であれ、宗教組織であれ、神にそむき自己に栄光を帰す者は、必ず倒れる。すなわち、霊的、知的、道徳的に堕落する」。
聖書の中に、「信仰による義(認)」という教えがあります。罪深い人間を、神様が、罪を赦し、神の子供として受け入れて下さるという教えです。
この「信仰による義」の定義として、以下のような興味深い言葉をホワイトが語っていますのでご紹介します。
「信仰による義とは何ですか。それは、人間の栄光を塵の中に置き(塵に伏し)、人が自分自身の力でなしえないことを、彼に代わってなす神のわざであります」
人祖アダム以来、人は、好むと好まざるとにかかわらず、神の前に罪人となりました。ですから、自分の力では、決して救いを得ることができません。そのような人間に代わって、人の罪を背負われたのがキリストの十字架でした。
キリストは、人が受けるべき恥と呪いと屈辱を、人に代わって受けて下さいました。それによって、罪びとが神の前に、「義」、すなわち、正しいものとして受け入れられるためでした。
ダニエル書第4章のネブカデネザルの経験は、そのことを、私たちに教えています。
神こそが、すべての祝福と繁栄の源であることを、悟った時、神は、彼の精神を回復して下さったばかりか、彼を王の地位に回復させられ、以前にもまして、人々の尊敬を受けたのでした。 その聖句を引用して、4章を閉じたいと思います。
4:34こうしてその期間が満ちた後、われネブカデネザルは、目をあげて天を仰ぎ見ると、わたしの理性が自分に帰ったので、わたしはいと高き者をほめ、その永遠に生ける者をさんびし、かつあがめた。
その国は世々かぎりなく、
4:35地に住む民はすべて無き者のように思われ、
天の衆群にも、
地に住む民にも、
彼はその意のままに事を行われる。
だれも彼の手をおさえて
「あなたは何をするのか」と言いうる者はない。
4:36この時わたしの理性は自分に帰り、またわが国の光栄のために、わが尊厳と光輝とが、わたしに帰った。わが大臣、わが貴族らもきて、わたしに求め、わたしは国の上に堅く立って、前にもまさって大いなる者となった。4:37そこでわれネブカデネザルは今、天の王をほめたたえ、かつあがめたてまつる。そのみわざはことごとく真実で、その道は正しく、高ぶり歩む者を低くされる。
もしへりくだって求めるなら、神はあなたにも、同じ恵みと祝福の経験を与えて下さいます。
【ダニエル書第5章】
ダニエル書第4章は、「信仰による義」(人間の栄光 VS 神の栄光)がテーマでした。かつては、高慢で自分に誉を帰したネブカデネザル王が、恥と屈辱の7年間を通して、人間の栄光の空しさと、すべてを支配される神の偉大さと栄光を認め、ついに、自分を神にまったく明け渡した時、彼は、救いを体験したのでした。
続く第5章には、最後まで悔い改めることをせず、人間の栄光に執着した人間(この場合は「王」)と国家の結末が描かれています。
「バビロンは倒れた」(人間の栄光の結末)~破滅をもたらすもの~
5章は、次のような謎に満ちた導入の言葉で、はじまります。
5:1ベルシャザル王は、その大臣一千人のために、盛んな酒宴を設け、その一千人の前で酒を飲んでいた。
5章の最後の節で、ダニエルは、ベルシャザルの死をもって、新バビロニア帝国は終焉を迎えたと述べて、ベルシャザルが、帝国最後の王だったと記録しています。
ところが、歴史の父と言われたヘロドトスも、古代の他の歴史家たちも、「新バビロニア帝国の最後の王は、ナボニドス」と述べて、ベルシャザルの「ベ」の字も出てこないのです。
そういうわけで、彼は、謎の人物であり、歴史家も言及していない人物を聖書が挙げていることで、多くの批評家たちは、聖書の信ぴょう性に疑問を投げかけてきました。
しかし、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、考古学の目覚ましい成果により、新バビロニア帝国の王ナボニドスが、長子ベルシャザルのために祈った楔形文字の碑文が発見されたことによって、聖書の歴史の正しさが証明されました。
これによって、新バビロニア帝国の晩年において、ナボニドスが、その子ベルシャザルに王権を与えて、(ダビデとソロモンがそうであったように)父子による「共同統治」をしていた事実が判明しました。
帝国の公式の王であったナボニドスは、首都バビロンを離れ、10年もの長きにわたって、遠征先のアラビアのテマに滞在していました。
そこで、息子のベルシャザルが、父親であるナボニドスより王としての権限を受け、都を守っていたのでした。
こうした歴史的背景を下敷きにして、あらためて、5章をみていきましょう。
Ⅰ 災いの前兆
5:1ベルシャザル王は、その大臣一千人のために、盛んな酒宴を設け、その一千人の前で酒を飲んでいた。
5:5すると突然人の手の指があらわれて、燭台と相対する王の宮殿の塗り壁に物を書いた。王はその物を書いた手の先を見た。 5:6そのために王の顔色は変り、その心は思い悩んで乱れ、その腰のつがいはゆるみ、ひざは震えて互に打ちあった。 5:7王は大声に呼ばわって、法術士、カルデヤびと、占い師らを召してこさせた。王はバビロンの知者たちに告げて言った、「この文字を読み、その解き明かしをわたしに示す者には紫の衣を着せ、首に金の鎖をかけさせて、国の第三のつかさとしよう」と。 5:8王の知者たちは皆はいってきた。しかしその文字を読むことができず、またその解き明かしを王に示すことができなかったので、 5:9ベルシャザル王は大いに思い悩んで、その顔色は変り、王の大臣たちも当惑した。
かつて神は、ご自分の「指をもって」、あかしの2枚の石板に、十戒を記して、モーセとイスラエルの民にお与えになりました(出エジプト記31章18節)。
同じ神の御手が、今度は、不遜な王と国家への「さばきの文字」を、宴会場の白壁に記したのです。
神を神とも思わぬ、高慢不遜のベルシャザル王も、驚愕し、自分のために、壁に記された神秘の文字を解読した者には、おおいなる栄誉に加えて、国の「第3のつかさ」(新共同訳聖書では、「第3の位」)の地位を与えると約束します。
この「第3のつかさ(位)」が何を意味するかは、聡明な皆様は、すでにおわかりですね。
そうです、①ナボニドス王、②ベルシャザル皇太子(王)に続く、「第3の位」です。 総理大臣と言えば、よいでしょうか。
さ~て、お立合い! どんな展開がまっているのでしょう?
5:10時に王妃は王と大臣たちの言葉を聞いて、その宴会場にはいってきた。そして王妃は言った、「王よ、どうか、とこしえに生きながらえられますように。あなたは心に思い悩んではなりません。また顔色を変えるには及びません。 5:11あなたの国には、聖なる神の霊のやどっているひとりの人がおります。あなたの父の代に、彼は、明知、分別および神のような知恵のあることをあらわしました。あなたの父ネブカデネザル王は、彼を立てて、博士、法術士、カルデヤびと、占い師らの長とされました。 5:12彼は、王がベルテシャザルという名を与えたダニエルという者ですが、このダニエルには、すぐれた霊、知識、分別があって、夢を解き、なぞを解き、難問を解くことができます。ゆえにダニエルを召しなさい。彼はその解き明かしを示すでしょう」。
5:17ダニエルは王の前に答えて言った、「あなたの賜物は、あなたご自身にとっておき、あなたの贈り物は、他人にお与えください。それでも、わたしは王のためにその文字を読み、その解き明かしをお知らせいたしましょう。 5:18王よ、いと高き神はあなたの父ネブカデネザルに国と権勢と、光栄と尊厳とを賜いました。 5:19彼に権勢を賜わったことによって、諸民、諸族、諸国語の者はみな、彼の前におののき恐れました。彼は自分の欲する者を殺し、自分の欲する者を生かし、自分の欲する者を上げ、自分の欲する者を下しました。 5:20しかし彼は心に高ぶり、かたくなになり、ごうまんにふるまったので、王位からしりぞけられ、その光栄を奪われ、 5:21追われて世の人と離れ、その思いは獣のようになり、そのすまいは野ろばと共にあり、牛のように草を食い、その身は天からくだる露にぬれ、こうしてついに彼は、いと高き神が人間の国を治めて、自分の意のままに人を立てられるということを、知るようになりました。 5:22ベルシャザルよ、あなたは彼の子であって、この事をことごとく知っていながら、なお心を低くせず、 5:23かえって天の主にむかって、みずから高ぶり、その宮の器物をあなたの前に持ってこさせ、あなたとあなたの大臣たちと、あなたの妻とそばめたちは、それをもって酒を飲み、そしてあなたは見ることも、聞くことも、物を知ることもできない金、銀、青銅、鉄、木、石の神々をほめたたえたが、あなたの命をその手ににぎり、あなたのすべての道をつかさどられる神をあがめようとはしなかった。
Ⅲ 神の啓示と解き明かし:パート2
5:24それゆえ、彼の前からこの手が出てきて、この文字が書きしるされたのです。 5:25そのしるされた文字はこうです。メネ、メネ、テケル、ウパルシン。 5:26その事の解き明かしはこうです、メネは神があなたの治世を数えて、これをその終りに至らせたことをいうのです。 5:27テケルは、あなたがはかりで量られて、その量の足りないことがあらわれたことをいうのです。 5:28ペレスは、あなたの国が分かたれて、メデアとペルシャの人々に与えられることをいうのです」。
ついに神の鉄槌が、下されます。
危急を聞きつけて、アラビアのテマから戻り、バビロンから80キロ離れたオピスでクロス率いるペルシャ軍と対峙していたナボニドスは、敗北。一方、後にダリヨスとしてバビロンを征服した将軍ウグバル率いる主力部隊は、ユーフラテス川の流れを変え、おそらくナボニドスを見限った裏切り者の助けを借りて開いたバビロンの城門の中へと続く川床を通って侵入します。神の裁きを等閑に付し、酒に狂乱していた、都は滅亡します。
5:30カルデヤびとの王ベルシャザルは、その夜のうちに殺され、 5:31メデアびとダリヨスが、その国を受けた。この時ダリヨスは、おおよそ六十二歳であった。
聖書は、事実だけを、淡々とのべています。
バビロン滅亡。時に、紀元前539年10月12日でした。
【ダニエル書第6章】
ダニエル書が歴史的な部分(前半)と預言的な部分(後半)の2部に分かれていること、また構造的には、「交差法」を採用していることは、3章で学びました。6章は、歴史的部分の締めくくりとなり、内容的には3章と対応する形となっています。
5章と6章は、新バビロニア帝国の滅亡(バビロンの陥落)と、ペルシャ(当初はメド・ペルシャ)による征服の間の比較的短期間に起こった出来事を記録しています。5章は、滅亡前夜のバビロンで何が起こっていたかについて、バビロニア人の観点から述べています。他方、6章は、バビロンの崩壊後、ほどなくして新しい行政機構が発足したことを述べています。ダニエルは、両方の出来事において主要な役割をはたしています。
それでは、6章の本文に入っていきましょう。
ダリヨスは全国を治めるために、その国に百二十人の総督を立てることをよしとし、 また彼らの上に三人の総監を立てた。ダニエルはそのひとりであった。これは総督たちをして、この三人の前に、その職務に関する報告をさせて、王に損失の及ぶことのないようにするためであった。(6:1,2)
ここを見ると、征服者であるペルシャ人の寛大さを推し量ることができます。それは、後にペルシャ人支配者がイスラエルの捕囚民が故国に帰る勅令を出したことにも表わされています。いずれにせよ、ダリヨス王は、征服した地域を120に区分し、それぞれに総督(いわば知事)を立てました。彼らはいずれもバビロニア人でしたから、ここにもペルシャ人の寛容さが示されています。ダリヨスはさらに、120人の上に3人の総監(新共同訳では「大臣」)を任命し、ダニエルはこの3人の高官の一人として選ばれます。
ダニエルは彼のうちにあるすぐれた霊のゆえに、他のすべての総監および総督たちにまさっていたので、王は彼を立てて全国を治めさせようとした(6:3)。
ダニエルの卓越さは、すでに1章において立証ずみでしたが、ここでも、彼が(捕虜の出身でありながら)いかに優れた人物であったかを窺い知ることができます。「すぐれた霊」とは何でしょうか? 5章に描かれているバビロンが滅亡するかしないかの瀬戸際で、語られた王妃の言葉の中で、彼女はダニエルを評して、「聖なる神の霊のやどっているひとりの人」と述べています。
ですから、ダニエルの卓越さは、彼が神のみ旨に全く服従した結果として、神から与えられた賜物としての卓越さだったのです。そして王は、彼を「全国の長(総理大臣)」に任命します。しかし、皮肉にも、~人間的な言い方をすれば~、彼のその「卓越さ」が、彼を苦境に追いやることになります。
そこで総監および総督らは、国事についてダニエルを訴えるべき口実を得ようとしたが、訴えるべきなんの口実も、なんのとがをも見いだすことができなかった。それは彼が忠信な人であって、その身になんのあやまちも、とがも見いだされなかったからである(6:4)。
いつの世にも、どんな世界でも、人間がいるところでは、人の心に生じる害毒があります。賢者ソロモンは、次のように述べています、「憤りはむごく、怒りははげしい、しかしねたみの前には、だれが立ちえよう」と(箴言27:4)。「目の上のたんこぶ」という言葉がありますが、ダニエルの非の打ちどころのない品性と彼に託された仕事に対する完璧な忠実さが、こともあろうに、彼の「部下」たちの攻撃材料となったのです。
そこでその人々は言った、「われわれはダニエルの神の律法に関して、彼を訴える口実を得るのでなければ、ついに彼を訴えることはできまい」と(6:5)。
ここで敵対者が持ち出してきたのが、ダニエルの「宗教」でした。仕事の面で弱みをつかめない以上、これしかない、と考えたのでした。そして、実は、ダニエル書を読むと、どうも「積年の恨み」だったふしがあります。最も卑劣なやり方です。自分たちの実力のなさを素直に認めて、この上なく立派な上司に従うことをしないとは、虫けらにも劣る輩(やから)ではないでしょうか。
仕掛けられた罠(わな)
こうして総監と総督らは、王のもとに集まってきて、王に言った、「ダリヨス王よ、どうかとこしえに生きながらえられますように。 国の総監、長官および総督、参議および知事らは、相はかって、王が一つのおきてを立て、一つの禁令を定められるよう求めることになりました。王よ、それはこうです。すなわち今から三十日の間は、ただあなたにのみ願い事をさせ、もしあなたをおいて、神または人にこれをなす者があれば、すべてその者を、ししの穴に投げ入れるというのです。それで王よ、その禁令を定め、その文書に署名して、メデアとペルシャの変ることのない法律のごとく、これを変えることのできないようにしてください。 そこでダリヨス王は、その禁令の文書に署名した(6:6-9)。
これは一見、とても奇妙な要求です。ダニエルの神は別としても、バビロニアの神々については、どうなのでしょうか? ナボニダス年代記によると、ここには隠された宗教的な事情がありました。新バビロニア最後の王ナボニダス(正確には息子のベルシャザルとの共同統治でしたが)は、自国の運命が風前の灯であるのを見た時、国々のあらゆる神々を首都バビロンに集め、軍隊と共に、祖国防衛の最後の砦にしようとしたのです。もちろん、これはペルシャ軍の前に、まったく効果がなかったことは言うまでもありません。
しかし、ペルシャが新バビロニアを征服した時、新政府は、政治的な課題のみならず、宗教的な問題にも直面することになったのです。つまり、首都攻防のために集まられた全国の神々を、元の場所に戻す作業がありました。しかし、これには数か月の期間を要します。
大臣たちの策略は、こうした混乱した状況~いわば、宗教的な空白状態~の中でなされたものだったのです。もっとも敵にとって見れば、仮にだれかが自分の神々に祈っても、それは問題ではなかったのです。彼らの標的は、一人「ダニエル」だったわけですから。
人の良いメデアびとダリヨスは、まんまと彼らの陰謀に乗せられてしまいます。一番上に立つのが、気持ちが良いものですから、人間のその弱みに彼らはつけ込んだのです。王は、禁令の文書に「署名」してしまいます。
ダニエルは、どうなるのでしょうか? ここからが、ダニエルの真骨頂です!
とこしえに変ることなく、
その国は滅びず、その主権は終りまで続く。
彼は救を施し、助けをなし、
天においても、地においても、
しるしと奇跡とをおこない、
ダニエルを救って、
ししの力をのがれさせたかたである」。